専門書のひとつのつくり方

はじめ医学系の学会誌など目にしたこともない頃は、編集にどんな特殊な能力を必要とするものかと思っていた。
知ってみれば、編集者の役割は、拍子抜けするほどシンブルな作業の繰り返しだった。

医学論文などの専門的な文章を構成する要素は、タイトル、著者名、所属、本文テキスト、表、図、写真、文献である。原稿を受け取ったらまず、原稿の枚数を数えてナンバリングし、図表、写真の数を確認し、本文中のどこにそれが登場するか、位置を確認する。文献は、その番号が本文中の引用箇所に右上の小さな肩つきとなって表示されるのが通常であるから、すべての文献が登場するか、順序が整っているか、などを確認。

論文誌であれば、たいていは、あらかじめ寸法やページのマージン(余白)、本文文字数や書体、見出しの書体やサイズが決まっているので、見出しを指定すればすむ。「判型」とよばれるサイズはB5判が多く、1段組みもしくは2段組みである。図表サイズをページいっぱい使うか、片段におさめるかなどを指示。テキストは、手順通りに用語(専門領域によって、定められた用語を用いることになっている)や用字(漢字が多いため副詞をひらがなにすることが多い)の統一を指示して整理し、英語のスペルの確認、文献を所定の形式に整理・指定すれば、材料をすべてページ組に回して、初校ゲラが出る。

書籍の場合は、企画段階から判型やページ数がおおよそ決まっている。1ページのマージンを決め、1行に何文字、1頁に何行入れるかで、ページあたりの文字数が決まる。見出し、本文テキストとも書体を決め、見出しランクによって、サイズに強弱をつけて指定する。図の制作を分業で進める場合は、判型が決定した段階で、図のサイズを決め、先に図を仕上げておく。出来上がった図を、写真サイズやトリミングの指定などと合わせ、本文テキストと一緒にページ組に回し、初校ゲラが出る。

初校が出たあとの校正は、たしかに煩雑な面もあるが、特別むずかしいかというと、根気強く文字を見て、慣れていけばよいだけの仕事である。もちろん慣れるためには量をこなす必要がある。

論文の場合、ひとつの論文の採用前には査読者という専門家が必ず通読し、問題があれば差し戻して修正している。このため編集に回った段階では、内容的に問題のない完全原稿になっているので、体裁だけ整えればよい。書籍の場合は、共著が多いので、必ず編者または監修者が目を通し、内容の妥当性に責任を持つことになっているが、編集作業が進んだ段階で修正が入ることがあるため、論文誌ほど単純ではない。また、編者によっては、あまりよくみないこともある。

医学系に限っていえば、編集者はほとんど文系である。よって、専門用語は、初心者にはもちろん難解にみえる。が、これも門前の小僧で、仕事をしているうちに自然と習い覚えるので、大問題とはいえない。

専門書の編集の問題は、別なところにあるように思う。

書き手が医師である時、原稿を直されることに抵抗が強いケースがある。編集者が、体裁のために入れた赤にすら、腹を立てる人がいる。専門家が書いたものに素人が手を入れるとは何ごとかという心理も働くのであろうが、よくみれば内容に赤を入れたのではないことは一目瞭然だが、点ひとつを直されただけで怒るのは、プライドが高いのではなく、その本をつくる目的や、安くはない対価を払って読んでくれる読者の存在を考えないことである。共著であるなら全体の構成や統一性は重要だし、商業出版である以上、読みやすいものにするのは当然のことだ。

編集者も馬鹿ではないのだから、相手が誰であれ、読んでいて矛盾や疑問を感じるところは指摘するのが仕事である。明らかな誤りに気づくことも多い。本当にプライドがあれば、あるいは編集者に専門家ほどの知識がないにせよ、編集の専門家であるとして多少なりとも敬意を払うならば、むしろ、自分の原稿をよくみてくれたことに対して感謝する、というのが常識ある大人の態度だと思う。

これが看護系の書籍になると、書き手が謙虚なのか客観的なのか、編集者の指摘に過剰に反応することは少なく、一緒にいいものをつくるという目的を共有できることが多い。編集者もその分勉強して、資料にあたったり、原稿の構成について提案をしたりできる。必要な労力は大きいが、このやり方で編集者はしっかりと専門知識を身につけることができ、より大きな貢献ができる。医学書の編集者でも、かなりしっかり調べる人は自分の知識が確実になるので、著者への指摘も的確で、話も早く、いい仕事ができるとして評価されているように思う。

体裁だけをきれいに整えるのが編集者の仕事だという考え方で本をつくると、たしかに制作スピードは上がる。が、誰がどのように内容に責任をもっているか、読者に配慮しているかはまた別の問題である。読者にとって価値あるものを提供することができているのかというチェック機能は、いかに専門書といえども編集の領分であると思う。

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