読みにくい文章(4)――「なので」「ですので」

はじめて、「ですので」という言葉を耳にしたのは、23年前のことである。

割合大人数の前で改まって話す時だった。ぎょっとしたが、その人は、ちょっと日本語のおかしい人だと思っていたので、方言か何かだろうと深くは考えず、「おかしな言葉づかい」と思っただけだった。どうして「ですから」を使わないのだろう、と不思議だった。本に書いてある言葉は、フォーマルな場で使っていいはずだ。まさか、「ですから」を知らないなどということがあるとは、思ってもみなかった。

「なので」は、おそらく学生言葉である。同世代の友人がいつからか、「なにげに」「さりげに」「よさげ」などと言うのを、はしゃいだ若者言葉のように感じて聞き苦しく思っていたら、自分よりずっと年上の先生が「なので」と言い出すようになった。学校という特殊事情から、学生言葉が大人に感染する例である。ただ、仮に口でそう話したとしても、書くときに書き言葉を使えば、その人は、わかった上でそうしていることになる。問題は、何もかもよくわからなくなっていることだ。

ブログやSNSで、誰でも自分の言いたいことが簡単に言えるようになった。そのせいで、書き言葉と話し言葉の区別もつかない妙な文体がまかり通るようになって、個人的な日記ならまだしも、出版物の原稿にまで、その影響が及んでいる。

書き手の年代のせいか、「みんなのすることに合わせよう」という安直な考えのせいかはわからない。しかし、もう十年以上前に、大学関係者が、口語文のような原稿を提出してきたときには、正直、呆れて、全面的に書き直さざるをえなかった。出版社の良識が疑われては困る。留学経験のある優秀な人とのことだったが、中身も文体と似たりよったりだった。それで、留学しても、もしかしたら論理力は向上しないのではないか、と疑うに至った。

話し言葉であっても、「ですので」は、やはりおかしいと思う。まして、いくら肩のこらないフランクな文体でも、書き言葉にそれを使うのには、がっかりさせられる。語り口のやさしさは、だらしなくゆるんでいるということとはちがう。

流行っていれば何でも正しいわけではない。

旧かなづかいの「づつ」(昭和一桁でもないのに、なぜ「ずつ」と書かないのだろう)を使うくせに、「気ずく」(「気がつく」ことなので、「ず」はありえない)と書く。若いとはいえない人が、「うっとおしい」と書き、「とうり」と書く。いずれも、「鬱陶しい」「通り」という漢字があるのだから、いつどこで何を間違うのだか、よくわからないけれど、やはり驚き、がっかりする文字使いだ。

ハードルが下がったから何でも好きに書いてよいのではない。

書くのなら、辞書をひいて確かめることを習慣づけるよう、せめて小学校の国語で教えないのだろうか。世は、何でもペラペラしゃべるのがよいとされる。しかし、英語でも、しゃべる以前に書く力が必要なはずだ。相手は言わないけれど、その人の英語のレベルに応じた反応しかしてもらえないと、通訳の人が書いていた。つまり、「それなり」ということである。

『声に出して読みたい日本語』という大変ユニークな本がヒットした際、「あんなの、あるものを並べただけじゃないか」と、自称読者家でインテリの男性が言った。母国語の音への無関心に驚いた(耳の悪そうな無神経な話し方の人だった)。そして、タイトルに「読みたい」がついているのは、採られている文章が、多くの人に読まれるべき名文だからだと気づかないとは、インテリの前に「えせ」の二文字をつけてあげたいとも思った。

耳で聞いて、からだで覚える。そういうリズムが身についていないから、平気で「ですので」と話し、書く大人が出来上がる。確認してみないとわからないが、日本語を学ぶ外国人に、おそらく「ですので」などという表現は教えていないと思う。

ほかにも、流行っているからそういうものだと、40歳を過ぎた自覚的インテリが、妙な言葉づかい、文字使いをして悦に入っているのをよくSNSで見かける。挙げればきりがないが、嫌いな言葉は使わないし、そんな言葉を使う人もどうかと思う。テレビや漫画やネットの影響も大きいだろう。どうしても受け付けないのは「夜ご飯」。舌足らずで何とも気持ちの悪い響きだ。この言葉を使うかどうかで、おおよその年代がわかる。

いくら本を読んでいる人でも、言葉づかいひとつで値打ちが下がるのは、書籍の誤植と同じである。英語にばかり目が向いて国語を大切にしない日本。国際的であることがそれほど大事ならば、世界には、たとえ少数派でも、いろんな言葉がや文化があることにもっと目を向けるべきだ。

そしてその前に、日本語の表現そのものに、ほんの少しだけ興味をもつことだ。

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