「砂漠でサーモンフィッシング」@新橋文化

「イエメンの砂漠に鮭を放流せよ」――依頼を受けたイギリス人の水産学者は、即座に「Unfeasible(実行不能)」の返信メールを打ち、強調の副詞を付け加えた。Fundamentally unfeasible.「馬鹿も休み休み言え」の婉曲表現である。

政治的思惑がからみ、依頼人を訪ねる。待合室の椅子のユーモラスな動きにちょっとインパクトがある。会話の中で、鮭生存の水温やすでにダムが完成しているとの話から、「では理論的に可能なのですね」と念を押される。Theoretically possible.

ふたつの言葉にこの作品のテーマが象徴されている。できないと思われる事業の成功を信じ、挑戦する話である。国家プロジェクトになってしまうのだから、逃げるわけにもいかない。

突飛な仕事の発注主は、シャイフとよばれる富裕な資産家。鋭くノーブルな顔立ちの彼は、話す言葉も信念に満ちて力強い。カタブツ水産学者をシャイフに引き合わせるのは知的で情熱的なハリエット。戦地に赴いた恋人を案じ、彼女の美しい顔は曇っている。三人のディナーでグラスを合わせるカタブツの水産学者は、「Faith」よりむしろ「Science」に乾杯せずにいられない。半信半疑のユアン・マクレガー。煮詰まると池の魚に餌をちぎって与えるクセがあるこの男の名はサイモン。なぜかサーモンに似ている。

風景が素晴らしい。水のひと粒ひと粒がみえるような撮り方もおもしろかったし、こんなに鮭を繰り返しアップでみたのもはじめてだ。プロジェクト開始前、サイモンとハリエットが砂漠で話しているところに、頭上に甕をかかげた女が近づいて、ふたりに水をふるまうシーンが印象に残った。冷たくておいしい水。その水を飲んで、事業は開始された。

英国首相付のやり手広報官が終始計画通りに事を運ぼうとする。子供や夫のいる自宅で、エプロン姿で容赦なく指示を飛ばす。首相とのやりとりのLINE。案外こんな会話、あるのかも、と思わせる。

二つのカップルと仕事。涙。希望と失望。妨害と成功と失敗。そのあとにある救い。全編があたたかいユーモアに満ちて、笑顔のハッピーエンドである。

監督は、「マイライフ・アズアドッグ」「ギルバート・グレイプ」を撮ったラッセル・ハルストレム。脚本は、「フル・モンティ」「スラムドッグ$ミリオネア」のサイモン・ボーファイ。豪華チームによる見事な作品。ガード下の名画座では、電車の音もシブい効果音。

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