ボディワーク考(1)――野口整体

ボディワークという言葉を始めて知ったのは昨年、ある武道雑誌の編集者とのやりとりの中だった。詳しい意味は知らないまま、からだの感覚を開くものというイメージから、ヨガや野口晴哉による活元運動や野口三千三の野口体操を自分で試したことがあり、野口体操と大いに関係があり演劇の訓練にも使われる竹内敏晴などを読んでいることを伝えた。

ボディワークは、1970年代以降のアメリカのニュー・エイジとよばれた一種のサブカルチャー台頭の頃に生まれたものだという。フェルデンクライス・メソッドとアレクサンダーの姿勢術、ロルフィングをあわせて三大ボディワークと呼ぶことが多い。その時は、フェルデンクライスとロシア武術のシステマの専門家の対談という大変面白い企画を手伝った。

野口整体には、二十歳前に出会った。父が経営する学習塾の卒業生が教えてくれたものらしい。体操が頭で指令を出すのとは違って、ちょっとした手続きによって自動運動を導き、頭や心はポカンとさせて、からだが勝手に動くにまかせる。そうするうちに本来のその人らしいからだに整っていく。実践していたその卒業生は車椅子の人だったが、「それをやっているだけで、乞食をしていてもいいくらい幸せ」だと言うのを聞いて驚き、人にそんな心境をもたらす運動とは何か、俄然興味をひかれた。

何冊も野口晴哉の本を読み、剣道をしている子どもが活元運動をしているうちに強くなった話や、人の傾向を12種に分けて観察した「体癖」などが面白くて夢中で読み、もちろん自分でやってみた。からだが勝手に整っていくという説は大いに気に入った。むずかしく言うと、錐体外路系*の運動ということになる。もっと訓練すれば、「愉気」といって、別の人によい気を注入して治すこともできる。

座位でみぞおちにぐっと両手を差し入れ邪気とともに息を吐き出すうちに、大あくびが出てくる。親指を握って頭を上に向けたまま、差し上げた両手に力を入れて肘を張っておろしつつ、息を吐く。ふつうは息を吐くことは脱力につながるが、わざと逆をやっておいて、一気に力を抜いてポカンとする。そこからは、首や肩がいろいろと動いたり、上体が旋回したりして、肩こりがよくなることが多いので、ちょいちょいやってみた。寝ている間に手足があちこちに動いて、緊張していた部分が知らないうちに緩むこの運動を便利なものと思いつつ、いつのまにかやらなくなっていた。

先日夜行バスの中で、突然派手な活元運動が出始めた。活元なんてほとんど忘れていたのに、ほどよい振動と暗闇(とても人前で見せられるものではない)のせいか、その日は顎がずいぶん動き、こんなところまで回るのかと思うほど首がいろいろな方向に動いた。ああこれは、明日の朝このあたりが楽になっているだろうなと、夢うつつに思って、眠ったような気もしなかったのに、朝が来るとすっきりして、気分も晴れわたり、いい一日になった。

からだは無意識の象徴である。生活の中でいろいろに溜めた緊張や我慢がどこかをこわばらせる。ひどくなると病気として治療することになるけれど、こんなふうに自分で自分を調整できれば、それほどひどいことにはならない。健康に暮らすのにはもってこいの方法だ。

野口晴哉は、小学校しか出ていないという経歴ながら独学で広範な研究をし、近衛文麿の長女をめとったノーブルな顔立ちの人である。『整体入門』や『風邪の効用』が前からちくま文庫にあり、今年は『体癖』も出た。人のからだの観察に子供の頃から才能を発揮し、その人がいつ死ぬなどと言い当てて、周囲を驚かせていたという。身体論の斎藤孝や整体の寺門琢己、片山洋二郎、三枝龍生などは、野口整体を学んでいる。

みているのは、エネルギーの方向と傾向である。体量配分計というものに乗り、上下左右前後のどこにウエイトがあるかを調べて、おおよそ12種類があるとした。読んでいると誰かの体癖を勝手に決めたくなったり、さりとて自分もあれこれあてはまり、と、いそがしく頭をめぐらすことになる。

それぞれの人にそれぞれの体の癖があり、よいも悪いもない。特定の方向に大量にエネルギーが向いている人は、変人にみえるかもしれないが、それがその人である。今はやりの発達障害の子などを、体癖の視点から見て、そのエネルギーの方向をみきわめ、上手に調整すれば、小さな頃から子供にレッテルを貼り、薬を飲ませることは防げるのに、と、思う。薬によらない治療はもっと研究されなければならない。

*錐体外路系……随意運動を伝達する脳の延髄にある錘体路に対し、無意識の運動系にあたる。野口は、「錐体外路系」を鍛えることを強調している。

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