言語教育に取り組む現場実践報告を聴いて――獨協大学外国語教育研究所第3回シンポジウムから(1)

日本には真のエリートを育てる教育がないといわれる。随分昔、雨後の竹の子のように看護大学が乱立した際も、「教養」の定義について教員間で意見がまとまらず、多くは技能偏重から知識偏重に移行したのみに終わった。

それほど教育者の意識が低い。現場との乖離が、さまざまな教育において制度的に横行していることが多すぎる。

創立50周年を迎えた獨協大学で、「外国語教育を目指すもの――中高大連携の視点から」をテーマに外国語教育研究所主催のシンポジウムを聴講した。東京大学名誉教授の吉島茂氏の総括に続き、中堅どころとして現場で精力的に活動する二人の教員からの報告が非常に興味深かった。

百合壽紀氏(独協埼玉中学高等学校)の報告
前半は中高大連携の一般的状況、後半で獨協埼玉での連携が取り上げられた。

1. 中高大連携の一般的状況――コミュニケーションも文法も

中高の英語教育に使用されている教科書は、いわゆる文部科学省検定教科書と、学習塾などが発行した教科書、英米で発行された教科書の3種類がある。大多数は検定教科書を使い、少数の私立学校が他の2種を使用する(英米で発行されたものは、ヨーロッパ言語圏の学習者に適するが、関係代名詞や後置修飾、冠詞など日本人学習者が苦手な項目への配慮はない)。

検定教科書を使用する目的は、学習指導要領にもとづく中高連携もしくは中高の教育の接続が確保されることである。英語学習の指導要領の目標と語彙数は以下である。

〇中学 「外国語を通じて、言語や文化に対する理解を深め、積極的にコミュニケーションを計ろうとする態度の育成を図り、聞くこと、話すこと、読むこと、書くことなどのコミュニケーション能力の基礎を養う。」(1,200語程度)
〇高校 「外国語を通じて、言語や文化に対する理解を深め、積極的にコミュニケーションを計ろうとする態度の育成を図り、情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりするためのコミュニケーション能力を養う。」
(1年次・コミュニケーション英語1 [1,600語程度]
2年次・コミュニケーション英語2 [2,300語程度]
3年次・コミュニケーション英語3 [3,000語程度] いずれも過年次習得語彙に上積み)

実際の検定教科書の紙面コピーも配布された。リスニング、スピーキング、ライティング、リーディングの4種の能力すべてに配慮した編集となっている。難点は文法が軽んじられている点である。
最近目にしている高校の英語教材を考えても、驚くほど実践的で大学生や社会人の教材にしてもいいほど内容充実しており、平成25年度より英語での授業を義務づけられた*高校教師が英語を用いて授業で説明する際のフォローもぬかりない。

ところが、コミュニケーション重視の方向へ舵を切ったはずが、併行して教える高校の「表現I」の教科書の採択において予想外のことが起こった。
まず、学習指導要領に定められた内容は下記である。

「次のような言語活動を英語で行う。
ア 与えられた話題について、即興で話す。…
イ 読み手や目的に応じて、簡潔に書く。
ウ …情報や考えなどをまとめ、発表する。」

これに対し、最も採用の多かった教科書「Vision Quest」の内容は、文法の体系的まとめと、文法知識に基づいた読解の演習といった、コミュニケーションとかけ離れたものであった。場合によっては、受験用教科書として、過去の入試問題を掲載した「Cutting Edge」という教科書も週に3~4時間は使う。ここには明らかに大学入試の圧力がみられる。

のみならず、単語集のたぐいは、昔も今も山ほど出ており、老舗出版社の三省堂も40年ぶりに新刊を出すという活況を呈している。配列は、gravityの次にinvestmentが出てくるなど脈絡のない構成でもよしとされている。これに高校2年からは問題集も加わり、コミュニケーションとはますます関係のない学習時間が組み込まれている。

この状況を百合氏は、「中高英語教育で目指しているものは『コミュニケーション育成』と『大学入試突破』の2つであり、現場は股裂き状態にある」と分析する。吉島氏は、「読むことと話すことは別物ではない。あるレベル以上のコミュニケーションをするには、長文が読めないとまともな話はできない」と語る。

2. 獨協埼玉での連携――充実の「獨協コース」

獨協埼玉は、検定教科書に加え、英米発行テキストを用いてネイティブの教師が担当する英会話の授業がある。

プロジェクトによる連携として中学で行事紹介のホームページ作成、アメリカ人教師と2泊3日英語漬けで過ごすサマーキャンプ、英語多読、高校ではスピーチ・コンテスト、エッセーライティングなどがあるほか、国際交流・姉妹校交流による連携もある。

教員間の連携が強化されており、教師は中学と高校の両方で教え、毎週1回1時間の中高英語教師全員での教科会では、試験問題の内容から指導上の悩みなどの情報を共有する。

注目に値するのは高大の連携である。定められた課題をこなせば受験なしで進学ができる定員40名の「獨協コース」が独自に設けられている。

その課題は下記で、昨今の大半の大学生には達成不能なレベルとしか思われない。
① 1万6千字の論文を書く(原稿用紙40枚)
② 本を30冊読み、要約と感想を書く(約600冊の課題図書から選ぶ)
③ 大学の先生方の審査を受け合格する
この連携の目標は、大学での学問研究に必要な力を育てることである。論文作成**により、問題発見力と分析力、論証力を育て、30冊の読書により幅広い教養と背景知識を育てたいとする。

指導法にこの学校の教育への姿勢が強く打ち出されている。まず、高校と大学の教員が連携して生徒を育てる。高校ではマンツーマンで教員が論文指導と読書チェックにあたり、専任の図書館司書2名が文献調査を全面バックアップする。

加えて、4月の段階から大学教員によるガイダンスが始まり、夏からは大学教員による論文の個別指導が12月の発表会までに3度繰り返される。はじめ作文能力が低かった生徒のほぼ全員がこのコースを完走し、「6年間でドロップアウトは2名」(百合氏)というから、少なくとも238名の論文作成能力のある18歳がここから大学へ進んだ計算だ。

獨協コースで目指すものは「言語教育の試み」であり、大学での学問研究に必要となる言葉の力を、高校と大学が連携して高校時代から育成可能であることを実証している。このために、高校と大学の教員が年に4回集まって課題や進捗状況を話し合う場が設けられている。

*「…授業を実際のコミュニケーションの場面とするため、授業は英語で行うことを基本とする。」(高等学校学習指導要領より) 文部科学省の全国調査では、「おおむね英語で行っている」が15%、「半分以上を英語で行っている」が38%、つまり半分以上の教師が授業の半分以上を英語で行っている。
**論文タイトル例は、「日本とドイツの教育に見る人間と社会」「外来生物が日本社会に与える影響」「なぜ体罰が含まれる教育・指導が行われるのか」「なぜシェイクスピア『夏の夜の夢』に妖精が必要だったのか」など。