【映画日記 2020/9/1】「シュヴァルの理想城」

「パンをこねることは知っている」郵便配達員が、娘のために石を積みセメントで固めて本物の城をつくってしまうというフランス映画。

主演はジャック・ガンブラン。大好きなサンドリーヌ・ボネールと共演した「マドモワゼル 24時間の恋人」では既婚者同士の1日の恋を演じた。とくに男前というのではないが、アメリカのどこかの橋の映画よりリアルで好きだった。

日本映画では今村昌平の『カンゾー先生』に負傷兵役で出演。いつのまにか60代、名優の域に達していた。

本作では見てわかる自閉の男を演じている。会話もうまくできず、映画が始まってからなかなか声も発しない。失感情症でもないのだろうが、台詞も表情もない演技と硬い身ごなしはむずかしそうだ。

シュヴァルは郵便物をもって山道を歩きながら夢を見ている。無学な彼は自然から学んで美しい造詣の城をつくる。娘は変な父をもったせいで囃し立てられるが、だんだんとできていく城がお気に入り。いつも父にまとわりついている。

夫婦は貧しい。何度も苦難に見舞われるたび妻が夫を母のように支える。子どものままの男がこんな包容力のある女性に恵まれることは幸せだ。

印象的なのは、赤ん坊の娘にどう接していいかわからない夫に、用があって、いきなりぽい、と渡して妻が駆け去っていくシーン。全身ガチガチで、どう抱けばいいのか、あやし方がわからない。そばに寄って笑いかけたこともないのだ。そんな彼が、ひとりで城をつくるという無謀な試みをとがめられた時には、感情的になって大声でノーと怒鳴る。娘のために何としてもつくると決めたのだ。上手に表せなくても、娘への強い愛情が内にある。

苦難を越えて老境にさしかかる頃、目に表情が出てくる。悲しい事件が多いのに、ラストはしみじみとした幸福感が残る作品。監督はニルス・タヴェルニエ。あの衝撃的な「主婦マリーのしたこと」に出演、監督したパリ・オペラ座バレエ団の舞台裏を描いたドキュメンタリー「エトワール」も観ていた。

この城はフランスに現存する。完成まで33年。ピカソなどが絶賛し政府指定の重要建造物となっている。