『摂食障害――見る読むクリニック』出版記念トークイベント1―知ることが薬

摂食障害は、厚生労働省でメンタルヘルスの疾患に分類され、難病のひとつとして認知されている。長期を要する治療は困難をきわめ、治療家の忍耐もさることながら、拒食症の娘をもつ女性は、「生き地獄」とまで表現する。

しかし、多くの困難は、「この病気はどういう病気なのか」があまりにも知られていないことから生じている。長年真摯にこの病気の治療に携わってきた日本摂食障害学会の医師たちの働きかけにより、2012年10月より摂食障害センター設立準備委員会が動き始めている。さらに2013年からは、9月第2週を「摂食障害ウィーク」と定めて各地で啓発活動を行っている。

2014年は、9月11日に摂食障害ウィークのイベントとして新刊『摂食障害――見る読む治療室――DVDとテキストでまなぶ』(星和書店)の出版記念トークイベントが東京女子医科大学弥生講堂で開催された。執筆は、いずれもこの疾患のエキスパートである医師の鈴木眞理氏、西園マーハ文氏、臨床心理士の小原千郷氏の三名の最強の布陣。

「日本での治療環境をよくしていきたい」(鈴木)、「どこに転がっているかわからないチャンスをつかんで」(西園)、「マスコミのメッセージにまどわされないで」(小原)と熱く語る三人の治療家のメッセージを前半で、フロアとの質疑応答を後半で、できるかぎり忠実に再録した。

司会者:今回出版された本についてひとことずつお願いします。

鈴木:「私の専門は内分泌といって、バセドー病や小人症などといったホルモンの研究です。ホルモンの病気ではないのにやせたお嬢さんに採血して拒食症の診断をし、精神科へ回していました。私のほうが過食症になるくらいのストレスで、拒食症のことは、全部患者さんから教えてもらいました。DVDの診療の様子はいつも通りで、拒食症の患者さんにも、肺炎やバセドー病の患者さんにも、ふつうの内科の患者さんと同じように接しています。

内科の治療で大事なポイントは、拒食症の患者さんは、「こわい」ということです。入院したら厳しい治療をされ、できないと責められるのではないかと思っています。頑張りすぎて本人は気がついていませんが、からだが悲鳴を上げています。本には、検査についても、実際に行っている通り書いています。運よく一年くらいで治る方もいますが、16年か17年かけてかかった病気なので、3年から5年くらいは治療に要します。

患者さんは、医者を「体重を増やすこわい人」、「体重が減ると怒る人」、と思っていますから、本人が体重を増やそうと思わない限り、医者の考えを無理に押し付けず、あくまで共同作業で、「こわい」「でも治したい」という二つの気持ちを応援します。

西園:拒食症の患者さんは、内科や小児科、婦人科、心療内科など、いろいろなところで診療を受けます。欧米では精神科で診ますが、日本の精神科は、統合失調症やうつ病を診ていて、薬を出すスタイルをとっており、薬の出しにくい拒食症の治療はあまり得意ではありません。私が学んだ九州大学には日本の心療内科の草分けである池見酉次郎先生がおられましたので、1950年代から拒食症の患者さんが入院していて、治療の様子も見ていました。拒食症はまた、試験によく出るヤマでもありました。

個人的な経験では、高校時代、同級生に拒食症の人がいました。外見上は過度にやせてはいませんんでしたが、お弁当のおかずがいつも同じで、不思議でした。中学で発症して治った人でした。家のきまりで彼女は風呂掃除をする曜日が決まっていました。ある日の夕方、大雨が降り、みんな小やみになるのを待っていた時、彼女だけが風呂掃除のために雨の中を帰って行きました。そのようなこだわりがあるのが拒食症の特徴です。

’60年代の精神科医は、摂食障害の患者の診療が苦手な人がたくさんいました。私は、医者になる前から摂食障害に出会っていたので、構える気持ちもなく、「マーハ先生は断らない」というので、たくさんの患者さんを診てきました。また、都の研究所に長くいて地域の公衆衛生の仕事にも携わり、乳児健診のお母さんにメンタルヘルスの問題や過食症を抱える人がいるのを知りました。地域にたくさんの未受診者がいて、病院にたどりつけていないことに、医療のハードルの高さを感じました。

過食症の治療法としてエビデンスがあるのは、認知行動療法です。自己嫌悪感や不安が引き起こす病気なので、情緒や感情以前に「夜寝る、朝起きる」というように生活を規則正しくし、「症状モニタリング」といって自分で自分の症状を見つめます。過食症で1日9千円や1万円の食費だった人が、「明日は2千円にします」というのは無理なので、ハードルを上げ過ぎず8500円にするなどして少しずつ減らしていきます。それができて初めて、どんなことができるか、生活指導を行っていきます。

小原:私は、卒業研究のテーマに摂食障害の回復を選びました。その大学の保健センターで鈴木眞理先生と出会い、以来20年近いおつきあいです。実は摂食障害のカウンセリングには、ふつうの心理療法が合わないのです。心理療法は通常、クライアントにいろいろ話してもらう中で考えを深めてもらい、臨床心理士は「どうなりたいか」という気持ちに寄り添う形をとります。拒食症の患者さんは、なぜ自分がやせてしまったか、自分がどうなりたいかを理解していないので、「なぜここに来ましたか?」と尋ねても、「学校の先生に紹介されて」というようなことしか言いません。当面は、この病気を理解するところからスタートし、とりあえずストレスを解消する方法を生活に密着して考えます。

カウンセリングは魔法のようなものと誤解している人もいますが、行っているのはごく常識的なことで、自分の考えを整理して、何をしたいかを考え、具体的にしていきます。意地悪な友達や、頼まれごとを断れないなどちょっとしたストレスへの対処法など、生きる力として大事なものを教えます。できればある程度摂食障害に詳しいカウンセラーで相性のいい人にかかるとよいと思います。

司会者:今回の本では、先生方の診察の様子をそのまま載せていますが、保護者の付き添いや保護者のみの来院は、どうサポートしていますか。

鈴木:拒食症の患者さんの体脂肪率は6~11%で、からだの問題は深刻です。心配する家族には同じ目線で協力したいと思っています。お母様やお父様だけの来院もあります。親だけに対応して、親が変わると、本人が一度も来院せず治ったケースもあります。どうなったら危ないか、救急時の対応など、安心できる情報は早めにお伝えするようにしています。

西園:過食症の年齢層は広く、成人でも親の協力は不可欠です。お金がかかるので、家族や配偶者の理解も必要です。

小原:摂食障害の家族療法には効果があることが知られており、力を入れています。患者さんを助けてくれ、愚痴を言え、見捨てないのは家族だけです。家族がこの病気を理解して対応できると、プラスになることはたくさんあります。また、カウンセラーという第三者がいることで、家族どうし話がしやすくなるので、家族の中がうまく回るようにカウンセラーを活用してほしいと思います。

司会者:家族会などのグループ療法は、どのように行っていますか。

小原: ここ十数年で350家族の勉強会を行い、引越しや「もう大丈夫」と言って卒業される方もいて、どんどん入れ替わっています。大切なのは病気についての「勉強」です。理解することはむずかしいことですが、理解できると許せることもあります。20~50家族集めて集中勉強コースや、グループに分かれてのワークを行います。

こんな時どうしたらよいかという「知恵」の共有も大切です。この病気の治療はケースバイケースで必ずしも正解はありませんが、家族会を続ける中で、「こうしたらうまく行った」など、あさっての方向からいろんなアイデアが来ることがあります。いい悪いを考えず、どんなアイデアでも挙げて、知恵を集結することが大切です。

鈴木:えらい先生の話や治った患者さんの体験を聞くこともあります。「7年目についに生理があった」という方もあり、治療に長くかかるのも、いろんな経過が見えるので悪いこととは限りません。

西園:欧米では、精神療法も含めて多職種が連携し、家族療法家が入っているのが地域での標準的な治療です。家族のワークショップには当事者も参加します。

「金魚鉢スタイル」といって、当事者が話す時、家族は鉢の外で聞くと、「これは症状なのだ」と気づきます。次に金魚が交代し、当事者が鉢の回りで家族の話を聞くと、「みんなそうなのか」とわかります。「ピクニック形式」では、お弁当をもってきて、子どもを入れ替えて食べさせると、「やっぱり食べてくれない」とわかるのです。ワークショップに参加すると、その後の治療経過は良好です。