2 「おねしょ」が十年治らなかった中学二年生

どんな人でも、容易には解決できない思いもよらない難問に直面します。それが人生というものです。
子どもを育てる人がよく出くわす問題を取り上げてみましょう。

親子で悩んだ「おねしょ」ぐせ

中学二年生の男の子がいました。ところが彼は、その年齢になってもまだ、毎晩夜尿症(おねしょ)が治らないのです。
彼のおねしょは、十年間毎晩続いていました。たかが「おねしょ」とはいえ、こういった状態が続けば、その子も母親も深刻に悩む状況となります。
話を聞けば、別に器質的な疾患(内臓などに障害があること)があったわけでもありません。
病院では、「そのうち治るでしょう」と言われるのですが、時が経って成長しても、いっこうに治る気配はありません。

そこで、おねしょに効くという鍼灸、マッサージ、漢方薬など、いろいろな代替医療を試しましたが、やはり何の効き目もありません。
ついには宗教にすがる気持ちにまでなり、一生懸命祈るのですが、それでもやはり「おねしょ」は治ることなく、気づけば年の月日が過ぎていたというのです。

努力するほど解決から遠のく

問題が発生すると、通常その問題には、発生の背景(原因)というものがありますが、たいていの人が、いろいろな方法で躍起になってその問題を解決しようと試みます。ところが、そういう姿勢で問題に取り組めば取り組むほど、問題はいつまでも続き、それどころか増幅しつづけてくるのです。

ここで、私たちは、問題が起きてきた背景だけでなく、問題の意味や性格をきちんと理解する必要があります。
この例では問題が長期にわたって続いており、「おねしょ」の発生は、この子が三歳の頃のことです。
その間、子どもは成長しているので、よほどのことがない限り、今の時点では、問題発生の構図は消滅していると考えられます。
だとすると、この場合、問題を増幅させる構図が生まれていることになり、それが「おねしょ」を十年間も続かせたとみることができます。

不安と警戒が問題を長びかせる

それでは、問題を持続させ、増幅させている構図とは何でしょうか。
それは、「おねしょ」に対する「とらわれ」です。
そして、親子ともども大きな不安に支配されているといえます。これを示す証拠があります。

長い間「おねしょ」が続き、悩んでいる家庭では、例外なく、次の二つの現象があります。
ひとつは、夜具に「おねしょマット」のようなものを敷いていることです。
もうひとつは、夜半に子どもを起こしてトイレに行かせることです。

いずれも、今夜もまた「おねしょ」をしてしまうのではないかという「こだわり」から逃れられず、「不安」「警戒」の念から生じた行動です。とりわけ、夜半に子どもを起こしてトイレに行かせるようなことは、夜間にはリラックスモードに入る自律神経の正常な働きにさからっています。
そのような不自然な行動が、自律神経の本来の正常なリズムを乱し、子どもにはよけいな心理的負担を与えています。当然のことながら、これでは「おねしょ」は、いつまでたっても治りません。

親が子に与える影響

ところで、一般的にいうと、「おねしょ」に限らず、子どもの病気がたいてい小学生ぐらいまでに発生したものだとすると、問題が発生した構図も、問題が増幅した構図も、どちらも周囲の大人たちがつくりだしているといっても過言ではありません。それほど、親をはじめとする周囲の大人が小さい子どもに及ぼす影響は大きいのです。それは、人間の子どもが他の動物とちがって、未熟な存在として生まれ、なかなか自立できないことを考えれば納得がいくでしょう。

断定はできませんが、私の経験からして、近代医療のいう「難病」にかかっている子どもの中には、その子どもが生まれてきた時、周囲の大人たちの状況に何らかの葛藤があり、少なからずその影響を受けていたとみられるケースがいくつもあるようです。
にもかかわらず、このことに気がついている大人はほとんどいません。大人たちの抱えていた問題が子どもを病気にし、ともすれば気づかぬうちにその子の生命力を弱めてしまっていることすらあるのです。

それでいて、大人が、「この子はなんとかわいそうな運命に生まれてきたことか」と悲しむに至っては、子供の問題をあまりにも自分から切り離した冷たさ、鈍感さがありはしないかとも思わされます。

親が変われば子どもが変わる

ひとつの考え方として、子どもの病気は、単に子どもの問題というよりは、実は大人の問題でもあるといえます。
子どもに対する親の影響はそれほど大きなものです。ですから、子どもの悩みを私に相談する方がいても、私はその子に直接会う必要を感じません。
その子に影響を与えているであろう大人――多くの場合、相談にみえるのは母親ですが――に会って話をすることが大切だからなのです。

母親に会って私がお話することは、次の二つです。

一つは、人間の行動や生理を深く支配するのは、人間の表面にあって日頃その存在に私たちが気づいている意識よりも、内面にあって気がついていない深層意識であるということです。このような意識の種類と働きに気がついている方が少ないことも、あわせてお伝えし、とくに断らない場合、深層の意識を問題にしていきます。

もう一つは、子どもを育てていると、たいてい親の深層意識が子どもの深層意識に大きな影響を与えている場合が多いということです。
たとえば、母親が子どもの「おねしょ」にこだわる気持ちが強く、悩みが深いと、それが子ども自身の意識にストレートに影響を及ぼし、その母親が「こうなってほしくない」と不安に思っていることを、子どもは素直に表現するということです。
極端に言うと、母親が自分の意識の上で毎日「おねしょ」をしていて、それを子どもが実現しているともいえます。

親が子どもに宣言すること

この親子の意識の構図がわかれば、問題の解決には、母親の意識の転換が必要だということがわかるはずです。
大切なのは、母親自身が真の意味でその意識を大きく変えるということであって、子どもに対して母親が何かを言い聞かせたり、暗示をかけることが必ずしもいいとはいえません。
私の提案は、母親が子どもに次のように宣言をしてもらうことです。

「お母さんは、今日から『おねしょマット』をとります。夜中に起こしてトイレに行かせることもやめます。それがもし失敗して、おねしょをしてしまってもあなたが気にすることはありません。
そのうちおねしょが治るいい方法をお母さんは教えてもらったからね。そのやり方は秘密だけど、
お母さんが毎日それを一生懸命に実行して、上手になる練習をするからね。
あなたは、お母さんを信じてくれれば、それでいいのよ」

十年来の悩みがわずか数日で消えた

そして、それまでの「おねしょマット」と夜中のトイレの習慣を、きれいさっぱりやめてしまいます。
もちろん、普通の母親ならば当然心配でたまらないことでしょう。それでも、そのお母さんが本当に問題を解決したいと強く願い、希望をもってその行動を選択したのです。その心を受けとめて、私は、とっておきの秘策を授け、お母さんはそれを熱心に実行します。
すると、ほとんどの場合、わずか数日でおねしょは治ってしまうのです。

実際問題として、母親は心の転換が必要だと理屈ではわかっていても、簡単にはできません。
そこで、無理に信じなくてもよいことにして、誰でもできる心の転換の技術を実践するのです。
その技術を私はお教えします。それは、私が何か有難い治療をほどこすというのともちがいます。
子どもの問題に心から悩む母親自身が、自分で熱心に実践して、その子どもに現われている「おねしょ」という現象が消えてしまったのです。
さて、私はどんな秘策を伝授したのでしょうか。