農業人の頭の中――豊岡エキシビション2012より

7月25日、秋葉原のUDXで、兵庫県豊岡市のイベント「豊岡エキシビション2012」が開催された。豊岡といえば、長年の苦労の甲斐あってコウノトリの養殖に成功し、2005年に放鳥して以来、共生農業に力を入れ、「コウノトリも住める村」として知られる。城崎、竹野、日高、出石、但東町と合併し、現在の姿になった。

中貝宗治市長の語る「小さな世界都市」として、円山川下流域水田が、ラムサール条約に登録されたことも最近のニュースである。
減農薬、無農薬の「コウノトリ育む農法」によって、田んぼに暮らす生き物は、かつての一千倍、一万倍へと爆発的に増えたという。
田んぼは小学生、中学生の環境学習の場である。コウノトリのお米も、週に2度、給食で出される。昨年、東日本大震災で被災した宮城県の南三陸町の小学校へも、このお米を届けるため、子供たちは大奮闘した。

その「コウノトリ育む農法」に従事するグループ・豊岡エコファーマーズから、畷 悦喜、田中 定、根岸謙次の三氏が登壇し、自分たちの農業を語った言葉が実におもしろい。

はじめ、コウノトリを自然に返すことを目標に、コウノトリだけを見ていたが、変わってきたのは田んぼの土であり、田んぼの中の生き物だった。
この農法に取り組む理由として、
「家族に食べさせたい米をつくる。できれば農薬や化学肥料を使わずに。自分たちで勉強して、身の丈に合ったやり方をみつける」(畷)、「毎年ちがった発見がある。今年成功しても次の年はまたちがう。田んぼは微妙なバランスの中で成り立っている。楽しい。」(田中)、「『田んぼの中に宇宙がある』という言葉を、なんて詩的で芸術的、と思っていたが、今は当たり前だと思える。微生物が生きられるように水を湛えて、有機物を入れてわずか10年でこれだけ生き物や土が変わる。自分の中に物差しもできてきた。おもしろくてやめられない」(根岸)と、三人とも言葉に熱がこもる。

根岸さんの言葉に、はっとさせられる。
「田んぼに近づくと、ザザザザ、ピチピチ、とか、いろんな音がする。小魚やオタマジャクシが逃げていく音です。除草するときに機械を回していると、夏アカネというトンボに囲まれる。トンボに好かれるたちなのかな、と思ったら、機械を回したところに湧き立つ雲霞に寄ってきているとわかった。

環境は循環してつながっている。土の中の微生物は目に見えないけれど、空のトンボとつながっている。地球上の目に見えない微生物の相対質量と、昆虫からクジラまで目に見える生き物の相対質量は、イコールだということです。だから、目に見える世界と同じだけのポテンシャルをもった世界がもうひとつある。これがわかれば、世の中の可能性や幅が広がります」

実際、田んぼの表面を平らにする「代かき」の作業中に、舞い降りたコウノトリは、6メートルの距離でも逃げない。どれほどの量と種類の生き物がその田んぼにいるかの証明だ。

畷さんは言う。
「田んぼのよしあしは、田んぼの生き物に決めてもらう。お米のよしあしは、消費者に決めてもらう。全体の取り組みのよしあしは、大空を舞っているコウノトリに決めてもらう。今後の評価は、今日ここに集まった皆さんに決めてもらう」

「自然を相手の仕事だから、いろんなことに感謝できる」と、あとでビール片手に語った田中さんは、「農業がかっこいいと思われるのを待つのではなく、自分たちがかっこいい農業をすればいい」と、妙にかっこいいことを言う。

自然のリズムに人間のリズムを同調させることは簡単ではないが、それによって世界が広がり、可能性が広がることを、土をさわりながらからだに叩き込んだ人種が農業人だ。当日流れた藤原次郎氏の手になる「城崎スケッチ」という20分ほどの映像も鮮やかに美しい。自分たちの町と田んぼが宝物になる幸せは、偶然ではない、地道な作業の賜物なのだと思わせられる。