音 緒 じぶんの ねいろを 文字にする

音 緒

ものがたりをつくる

思いがけない時 思いがけない場所に 出会いは準備されています。
人が出会うとき ものがたりが生まれます。
わずか二分 ひと月 十年 三十年  自分ではない 誰かと 過ごす時間の中で
知らない間に ひとしずく またひとしずく  小さく大きく 音を響かせながら
ことばが 心の海に 落ちていき  その海を 深く豊かにしていきます。

そうして
ひとつの音楽のような あなたのものがたりを文字にしたい時
音緒(ねお)と 出会ってください。

☆まとまりそうでまとまらない考えや気持ちを、文章にします。
☆パンフレットや一冊の本にすることもできます。 どうぞご相談ください。

ここから〜私が出会ったものがたり
私が出会ったものがたり

15年ほど前のこと、新潟大学名誉教授の藤田恒夫先生が編集する科学雑誌
「ミクロスコピア」で、イチョウの精子発見100周年というので、
発見者である平瀬作五郎を特集することになりました。
藤田先生が、オノイサムさんという方が平瀬作五郎の伝記を書いている
ことを知って「ミクロスコピア」への寄稿を依頼し、その受け取りに
私が派遣されたのでした。

当時たしか92歳のオノイサム先生は、高校で理科を教えてこられた方で、
「日本語表記をカタカナにすべし」という持論があったり、自分で考案した
農業体操を生徒にやらせたり、今ですらほとんどの教師が逃げ腰の性教育を
行ったり、日本全国の地名を調べた上げたり、大きな声と明晰な口調で、
何時間でも語ってくださいました。

「宮沢賢治のような方だ」と思った私は、「オノイサム伝」が書けないものかと、
何度かお宅に通ってお話を伺ったりもしたのですが、いつしか訪問も途絶え、
結局楽しいお話を文字に残すことはできませんでした。

そのほかにも、子育て中だった友人が、ギクッとするような言葉をふともらした時、
まじまじと顔を見たことがありました。忘れられないのは、
――子供は人生の障害物
という言葉。もちろん本心ではありませんが、そんな言葉が思わず口をついて
出るほどに追い詰められたことがきっとあったのでしょう。ほかに、
――子供につけてほしい能力は、ただひとつ「類推」なんです
という友人の夫の言葉も印象深いものでした。推し量る、思いやる、想像する、
という意味でしたでしょうが、センチメンタルな言葉ではなく、
理科か数学のような二文字で表したところに、気持ちがしっかり入っていて、
名言だと感じました。話した本人は、とうに忘れているかもしれません。

癌におかされて、「遺稿集を出そう」というので、まわりが一斉に動いて
本をつくったこともありました。さきの「ミクロスコピア」の仲間の小林繁先生
(元名古屋大学教授・故人)が五十代半ばで、頸部リンパ節に腫瘍がみつかった
のです。藤田先生はじめ、たくさんの方の協力のもとに、それまでに書いた
研究の話やエッセイ、自筆の絵、楽しいけしごむハンコなどの材料をいただいて、
パソコンとにらめっこしながらページを組んで、個性溢れる本が誕生しました。
それから6年後、その本に名文のあとがきを寄せられた仁木厚先生(愛知学院大学
名誉教授)のご退官の折にも、小林先生の時よりもっとたくさんの絵を入れて、
対談や研究にまつわる数々のエッセイ、講演再録など、こちらもまたどこにもない
遊び心満点の素敵な本ができました。著者の人生に起こった出来事をしっかり
頭に入れたくて、年表づくりに精を出したことも、楽しい思い出です。

今年2月、藤田恒夫先生の訃報を聞き、新潟で一緒に仕事をした仲間と
久々に再会しました。意外なところに住まいを移した人、相変わらず新潟にいて
時々東京のご両親に会いに来る人、藤田先生が「ミクロスコピア」を25年で
潔く終刊されたあとも、お仕事を支えた人、本当は会いたかったのに、
どうしても家を空けられなかった人、それぞれが会わない間にまた、
さらにものがたりをつむいでいたようでした。

ある人は言います。「誰にでも話したいことがある」と。
会話の中でそれを受け止め、やりとりするのも素晴らしいことです。
けれども、それが消えてしまわないように、文字に残しておくことで、
いつか自分で読み返したり、親しい人や子供に見せたりすることができます。
わずか数ページでも、50ページでも、「じぶんの ねいろ」を文字にしたい
気持ちになったら、音緒を訪ねていただければ幸いです。
ここまで〜私が出会ったものがたり

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