音 緒 じぶんの ねいろを 文字にする

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フィンランドの教育としつもん――シンプルに、ちゃんと考える

6月25日、しつもん財団のフィンランド教育視察報告会で、かもめ大学学長の高坂翔輔さんの話を聞いた。

世界一の学力を誇る国フィンランドで、学校を訪ね、いろいろと見聞きした印象記である。

「走っている人がいない」ことが印象的なゆとりのあるお国柄。長く外国の支配下にあった歴史のせいか、
人は親切で人情厚く、独特の教育システムがとられているという。

高坂さんが訪ねた小さな島にある小学校は、ひとクラス20人。
「ひとりひとりをよく知ること」が重視され、そのために徹底してコミュニケーションをとる。
IT技術の進んだフィンランドでは、電子黒板を操作するために、生徒に背を向けることもないという。
授業の「科目横断」も認められており、算数や英語などは別として、たとえば、国語で鳥のお話を読んでいる途中で、
図鑑で鳥について調べる理科の授業に変わったり、鳥の絵を描く美術の授業に変わったりする。
国が定めた指導要領に沿っていれば、授業の組み立ては個々の教師の裁量にまかされている。

その分教師の責任は重く、教職につくことは非常にむずかしい。まず、大学院卒でなければならない。
さらに、医師に次いで難しいといわれる採用試験に合格する。採用の人事権は校長がもち、3~5年の契約を結ぶが、
更新されなければ職を失うため、教師自身に学び続ける姿勢が求められる。報酬は必ずしも高くない。
つまり、真の情熱をもち、プロとしての技量のある人にしか勤まらない職業である。

一方で、小学校では、勤務時間が短い、長期の夏季休暇がある、年に3回が
義務づけられた研修に平日の勤務時間を当ててよいなど、
自由なライフスタイルで働ける利点がある。
人によってはカフェや市議会議員など副業も可であるという(ただし、市議会議員はボランティア)。

職業につくまでの教育システムは、日本では考えられないほど多種多様なルートがある。
日本でいう義務教育以前の6歳では、就学前教育が約9か月半。
7歳から16歳までが義務教育にあたる基礎教育学校で、原則小中一貫で9年生まである。

留年制度があり1年延長して17歳までの在籍が可能であるため、
2~3%が10年生を経験するが、何らコンプレックスを感じることはないという。

基礎教育を終えた37%が無試験の職業学校へ進む一方、55%が単位制の普通高校で
2.5~4年程度学び、試験を受けて大学入学資格を得る。
前者はその後、社会人になったり、高等職業専門学校へ進み、後者は総合大学へ進み、最長10年いられる。
フィンランドでは、専門分野の単位を取得した職業でなければつくことができないと定められていることから、
必要に応じていつでも好きなところから学び直すことができる。

また、ギャップイヤーといって卒業後は世界遍歴の旅に出る時間があったり、
18歳から30歳までに2年間の兵役があったり、
高等職業専門学校から総合大学へ進むこともあるため、高校以降は
誰が何歳なのかよくわからない状況となるらしい。

インターナショナルスクールを除いて、学校はすべて国公立で、学費は大学まですべて無料。
その代り、学区制があり、小学校は選べない。
それが地域で学校や子どもたちの居場所をともにつくることにつながり、ネットワークをつくりあげることにもなっている。

面白かったのは、小学校の成績評価が一方的ではない点である。
教師が緑、黄色、赤の三段階で評価すると同時に、子ども自身が自己評価を行い、すりあわせて最終評価を決定する。
この点は、ドイツの子どもたちが、親指を上に向けたり下に向けたりして、自分ができたかできないかを示すのと似ている。
子どもは、自分で自分のことを考える機会を自然に与えられる。

そして、「しつもん」が、きわめて効果的に使われている。
A君が嫌いなB君と喧嘩をした。先生がA君に言う。
「あなたがB君をきらいでもかまわない。ただ、B君が幸せになるにはどうすればいい?」
この問いに対して、みんなで3時間を使って考えるのだという。
それは、「痛みのわかる人にならなければいけない」からである。
教えることは徹底的に教えたうえで、折をみては子どもに問いかける。
これを繰り返すことで、自分で考え、自分のために学ぶことが習慣となる。

教師たちも、「よい先生とは何か?」「よりよいコミュニケーションとは何か?」などの問いを共有し、
語り合うことが重要な仕事である。
それが自然発生的な会議となり、互いの情報共有ともなるという。

話を聞くと、日本の現状を嘆きたくもなるが、日本にも、『銀の匙』を教材に
ユニークな指導を行った灘高の橋本武氏のような教師をはじめ、
すぐれた教育者はたくさんいる。
教育に携わる人は制約も多いことと思うが、自由な発想を生かせる局面もあるはずだ。
マツダミヒロさんが力を入れている「しつもん先生」が少しずつ増えることも、
学校や教育の場に可能性をもたらすものになりそうだ。

この日、始まる前に余興と称して、ミヒロさんがいくつかのしつもんに答えていた。
「一番記憶に残っているしつもんの相手とその答えは?」と聞かれ、ひとこと
「覚えてない」。
「本気でしたしつもんは、狙ったしつもんとちがって記憶に残らない。
真剣に向き合うと、自分の頭で考える以上のことが出てくる。
狙ったしつもんは、いい成果を生まない。
本気で向き合うことを重ねる、それを続けること」。

おそらくこれが、フィンランドや教育に限らず、人と向き合う極意なのだ。

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