音 緒 じぶんの ねいろを 文字にする

音 緒
死へのスパイラルを経験して(1) ――自らに統合医療を用いて回復

◆油断――自分のからだを軽んじた
2013年6月にわが身に起こったできごとは、今振り返れば、大事に至る前にさまざまな警告とも取れる前ぶれがありました。
けれども当時の自分は、すでに書き込まれたスケジュールや目先の仕事を優先し、深く考えることなく、いつも通り先を急ぎました。

もしもこのできごとが、自分ではなく目の前におられる患者さんに起こったことであれば、問診をしっかり取ったあとで、
もう少し推理を深めようとしたかも知れません。
漢方をはじめとする伝統医学に学生時代から強い関心をもってきたからです。
しかし当時は、それまでにない多忙を抱えていて、目の前の仕事をこなさなければ休息など考えられない状態にありました。

徴候の一番目は、3月発症の左三叉神経第一枝帯状疱疹でした。
二番目は、原因不明の帯下(おりもの)増加。
三番目は、上気道炎が副鼻腔炎、気管支炎へと拡大したことでした。
治療法を知っている私は、すべて対症療法で回避しようとしました。それは一見うまくゆきました。

ヘルペスウイルスには抗ウイルス剤を、感染症には抗生剤を用いました。
採血をその都度実施しましたが、一般的な検査ではたいした異常は読み取れませんでした。

しかし堤防が決壊する日が近づいていました。

◆異変――全身がふるえる
6月22日、兵庫医科大学総合内科外来で非常勤の漢方診療を終えたあと、看護師や医局の同僚に挨拶して自分で車を運転し、
帰宅しました。
夕食と入浴をすませ、いつものように平和に眠りにつきました。

翌朝、起きようとすると体中がワナワナとふるえていました。
手元にあったセルフケアキットの中のアコナイトを試みました。
「季節外れのインフルエンザかもしれない。とりあえずクリニックに出勤しよう」

クリニック到着後、看護師に症状を話し、採血を依頼しました。後に知った結果は、CRP 0.34 WBC 8,000。
ほとんど問題にならない程度のデータです。
中国医学の古典『傷寒論』に記載されている漢方薬を、ふだんの倍量のみました。

ところが、症状は治まるどころか、悪寒戦慄はますます強くなっていきました。
やっとのことで午前の診療を終え、スタッフは帰宅し、私は一人でクリニックのベッドに寝ていました。
自宅に帰るよりも医療環境がよいと考えたのです。

まだ自己治療をする気でした。

◆邪正闘争――病気だったとは

次第に体温は上がってきました。エキスでは弱いと考え、薬剤師の姉が調合していた煎じ薬を飲みました。
「少しはいいかしら? そんな気がする。」

しかし、発熱とともに、腰痛、右下肢痛が出てきたのです。インフルエンザの関節痛とは明らかに違います。
「体内で邪正闘争が起こっている」

中国医学で考える健康は、数値が標準にあるというのではなく、その人なりに陰陽のバランスが保たれている状態ですが、

そのバランスが失われ、悪しき病邪(びょうじゃ)と抵抗力である正気(せいき)がせめぎ合っているのを感じました。

次第に歩くことが辛くなってきました。
「整形外科に受診したほうがいいのか? 熱発は感染症だが……」
抗生剤と消炎鎮痛剤を飲みました。
「負けた気分。何だか口惜しい」
丸一日床に伏せっていましたが、埒があかない……。

◆緊急入院――敗血症を発症
「駄目だ、このままでは。経験したことのない非常事態だ」
「どこに行けばいいの? どの診療科が診てくれるだろう」
「総合病院? 最寄りの県立A病院? 近畿B病院?
「そうだ! 兵庫医大総合内科だ」

6月24日の朝一番に医局へ電話し、事情を話しました。幸運にも面識のある医師が受診を承諾してくれました。
自分で救急車を要請し、隣町の西宮市にある病院に向かいました。

到着し、内科処置室に異動したあと、医師の診察と採血実施。
CRP32.0 WBC1万8,000
「重症感染症です。敗血症にDICを起こしています」

緊急入院となり、以後意識が低下してゆきました。 (つづく)

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