音 緒 じぶんの ねいろを 文字にする

音 緒
ところ変わればヒト変わる
温故知新の石油化学技術――国立科学博物館産業技術史講座にて

また、石油化学独自の技術以外に、石油化学以前からあった油脂化学や石炭化学の技術を継承していたり、復活させたりしており、途絶したセルロース化学、発酵化学の技術も合流して、現在の高分子製造技術ができているというのは、いかにも化学っぽい現象であり、面白い。

「幸せ」を意味するウェルフェア―1

ではその「幸福」の中身はというと、「愛されること、ほめられること、必要とされること、人の役に立つこと」が最低条件だと、後藤先生は言う。説明に配慮が感じられたのは、この「すべての人」に当然介護職も含まれるという言葉だ。訪問した家の人から、「どうもありがとう。また来てね」と言われるときは、幸福の条件である「必要とされ、人の役に立つこと」をヘルパーが実感できる瞬間である。そのひとことが大きな救いとなり、励ましとなり、エネルギーとなる。

峠の時代の〈いのち〉と富の話(2) 清水博氏講演・「親鸞仏教センターのつどい」にて

小さなプランターの中に、内在的世界の共有と充実を見ることができます。豊かに生きるということは、けっしてお金をたくさんもっていることではありません。そのことは、百の言葉より植木鉢をもってきてみんなで観察して話し合えば自然とわかることではないでしょうか。

峠の時代の〈いのち〉と富の話(1) 清水博氏講演・「親鸞仏教センターのつどい」にて

〈いのち〉の居場所には二面構造があることを考えなければなりません。自己の外に存在する外在的世界は、客観的に観察できる科学的な世界です。これは明在的な物質の世界です。しかし、〈いのち〉は、外側の世界にはありません。自己の内部にある内在的世界にあるものが〈いのち〉です。

あるとないとでおおちがい

大きいスイッチはまだいいとして、テレビのリモコンなどボタンの数がやたらと多いものは厄介である。30個を軽く超えるものはざらにあり、見えていても使いこなせない人も多いかもしれない。切り替えボタンなど、大事なものだけわかればいいことにして、少しふくらんだ小さなシールを貼ると、視覚障害の人の役に立つことがわかった。

お宅訪問――同行援助事始め

何年も援助の仕事についている人の話術は、それはみごとなものだった。相槌の打ち方も絶妙なら、相手がストレスに感じていることにも、さりげなく共感して励まし続けているうちに、次第に落ち着きが戻っていく。これがガイドというものか、と、感心するしかなかった。「気がやさしくて力もち」なくらいで対人援助の仕事はつとまりそうもない。明確な技術が必要なのだ。

見えない人と見える人
見えない人と見える人

仮にガイドどうしが顔見知りであったとしても、自分を黒子と認識していれば、ガイドどうしの挨拶はとくに重要ではなく、たとえば目で挨拶するだけで十分である。声を出して挨拶しなければ、利用者がそれを気にすることもない。思わず声を出してしまうことは、いかにもありそうなことではあるが。

アイマスク体験

アイマスクで外に出て、ガイドヘルパーの腕に触れながら、細かく道の様子の説明を受け、一緒に歩いてみた。さきほどの不安は、一転、安心感に変わる。もちろん、ペアを組んだ方がみな実際の援助職についていたために、すぐれた声かけをしてくれたためだが、「ガイド」とは文字通り案内人であることがよくわかる。

言語教育に取り組む現場実践報告を聴いて――獨協大学外国語教育研究所第3回シンポジウムから(2)
言語教育に取り組む現場実践報告を聴いて――獨協大学外国語教育研究所第3回シンポジウムから(2)

松田雪絵氏(埼玉県立伊奈学園総合高等学校)の報告 1.多文化言語共存社会で生きる人材を育てる 伊奈学園総合高等 […]

言語教育に取り組む現場実践報告を聴いて――獨協大学外国語教育研究所第3回シンポジウムから(1)
言語教育に取り組む現場実践報告を聴いて――獨協大学外国語教育研究所第3回シンポジウムから(1)

日本には真のエリートを育てる教育がないといわれる。随分昔、雨後の竹の子のように看護大学が乱立した際も、「教養」 […]

キリスト教とスピリチュアリティ―― 日本スピリチュアルケア学会基調講演を聴いて

キリスト教のスピリチュアリティは、二つの中心をもつ。ひとつは、超越的な他者である「キリスト」であり、もうひとつは、共同体としての「教会」だ。キリスト教では、私とあなた(神)がかかわりをもつ。キリストは、パーソナルなかかわりの対象である。同時に、神とかかわりをもつ人は私だけではない。たくさんの人がキリストとパーソナルにかかわりをもち、それらの複数の人が集まって、教会という共通の場を形成する。

錯覚活用法――裏切る「感覚」を逆手に現実を変える

星新一の『味ラジオ』では、ラジオから流れてくる味によって水の味が変わるらしいが、鳴海さんにも、クッキーにチョコの匂いをつけてチョコ味を感じさせる研究がある。聞けば、かき氷のシロップも、味は変わらず、色と匂いの操作でメロン味やイチゴ味になるという。いずれも、味は記憶から引き出され、現実を増幅している。

フィンランドの教育としつもん――シンプルに、ちゃんと考える

面白かったのは、小学校の成績評価が一方的ではない点である。教師が緑、黄色、赤の三段階で評価すると同時に、子ども自身が自己評価を行い、すりあわせて最終評価を決定する。この点は、ドイツの子どもたちが、親指を上に向けたり下に向けたりして、自分ができたかできないかを示すのと似ている。子どもは、自分で自分のことを考える機会を与えられる。

円覚寺坐禅会 2014年4月4日 「三界無法 何処求心」の講和を聴いて

人の心は巧みな絵師のように、いろんな映像をみせてくれる。同じものを見ていても、人によって見ているものはちがう。新聞だってそうである。株をやっている人にはじっくり読むべき株式情報も、関心のない人には黒いインクのしみでしかない。書評をじっくり読む人、スポーツ欄を読む人、人はそれぞれの関心と欲望に基づいてそれぞれの世界を生きている。だから、人によって、世界は別々であるかもしれない。価値観の違いで離婚というが、価値観が異なるのは当然のことだ

ドイツの子どもの庭としつもん――正解はいつも心の中にある

「話すことができるためなら、何でもするわ。火の上を歩く以外はね」――5歳の女の子にこう答えさせたのは、「1日中話をしてはいけなかったらどうかな?」というしつもん。その日は、「言葉」をテーマに、先生がしつもんし、子どもたちが答える日。やりたい子が集まり、答えたい子が答える。

農業人の頭の中――豊岡エキシビション2012より

地球上の目に見えない微生物の相対質量と、
昆虫からクジラまで目に見える生き物の相対質量は、イコールだということです。だから、目に見える世界と同じだけのポテンシャルをもった世界
がもうひとつある。これがわかれば、世の中の可能性や幅が広がります